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最高裁判所第三小法廷 昭和50年(行ツ)35号 判決

福井県小浜市小浜広峰九番地

上告人

岡本百合子

右訴訟代理人弁護士

大橋茹

福井県小浜市竹原一三号七の一九

被上告人

小浜税務署長

柴田正男

右当事者間の名古屋高等裁判所金沢支部昭和四八年(行コ)第三号贈与税賦課決定取消請求事件について、同裁判所が昭和五〇年一月一七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大橋茹の上告理由について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高辻正己 裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄)

(昭和五〇年(行ツ)第三五号 上告人 岡本百合子)

上告代理人大橋茹の上告理由

第一点

一、原判決はその理由(10丁中段から)において

1 上告人が父常治郎の娘であり昭和二二年から同三三年まで父常治郎方に同居し農耕山林の手入に従事したことを認めながら、

2 右常治郎が自分の死後における上告人の行末を案じて訴外会社(若狭商事有限会社)の設立された昭和三七年以後占有改定の方法で上告人に夫々贈与し、かつ引渡し次で上告人の代理人として右訴外会社に貸附け上告人もこれを諒承して各受贈の意思を表示した旨認定した。

二、しかし原審並に第一審記録によるも

「父常治郎の証言によれば

無駄働はさせないで報酬をやるといつた」

「上告人も

父常治郎はいゝようにしてやる、相当のことをしてやるという趣旨の話があつた」

各趣旨の各供述がみられるに止まり贈与契約の成立を認めるべきものがない。

三、原判決の「各受贈の意思が表示をした」という認定は原判決文七丁裏にある(イ)乃至(ト)の七回の意思表示が夫々なされた趣旨に解される処、かゝる受贈の意思表示がなされた証拠は全然ない。

仮に右会社の帳簿に登載されている事実によつて贈与の事実を認定するとすればそのためには少くともその都度受贈の意思表示がなされておらねばならないが第一審被上告人側の証人黒田清(小浜税務署所得税課)によるも給料を支払つていた形跡のないこと、前記(イ)乃至(ト)の借入記載があることから贈与されたと推定されている趣旨の外読み取ることができない。

そうすると贈与も契約の一種であるから民法第五四九条の父常治郎の贈与の意思表示は認められるとしても上告人の受贈の意思表示を認めるに足る証拠がなければ贈与契約は未だ成立しないものと云わねばならない。仮に父常治郎が無駄働はさせない相当のことをしてやる趣旨の話を上告人になし上告人がはい、有難うと受贈の意を表したとしても個々の贈与につき受諾の意思を表示したことにはならない。蓋し本件の賦課は各年度毎に受贈の意思が表示されて贈与契約をしなければならないからである。或は一旦受贈の意思を表示したとすればその後は父常治郎に都度受贈する意思表示を委任しておいたとみられないこともないが、そうだとすれば少くとも贈与者常治郎は贈与者の立場と受贈者上告人の代理人をかねることになり民法第一〇八条により双方代理の規定に違反するもので許さるべきでない。

要之本件においては

父子の間で無駄働はさせないという合意があつたのに止まり未だ法律上の贈与契約は成立していない。

殊に原判決の判示する如く「各」((イ)乃至(ト))の受贈の意思が表示されたという如き事実を認定する資料は存しない。

然らば原判決に理由不備、又は証拠に基かずして判決に影響を及ぼす事実を認定した違法があるか審理をつくさなかつた違法があるので破毀さるべきである。

第二点

一、原判決は本件の金円が労務の対価でなく贈与である旨を認定するに付き左の諸点を挙示している。

(イ) 昭和二二年から昭和三三年まで十一年間の労賃としては高額に失する。

(ロ) 支払の時〓務に従事中でない。

(ハ) 労賃の取極めがなかつた。

二、本件の支払は昭和三七年、同三九年、同四〇年に亘ること原判決(判決書七丁の裏)の摘示する通りである。

昭和二二年の労賃が十五年後乃至十七年後に支払われる場合、昭和二二年中の物価と昭和三七年の物価を比較しないで昭和二二年度の金額で支払うことは通常考え得ない処である、政府の定めた小作料でさえ昭和二二年度と昭和三七年度との間に可成の差のあることは明らかで通常五分の利息でも倍額にはなるのである。原判決は「一般の労務賃に比し甚しく権衡を失する」とのみ判示し、一般の労務賃が如何程を指すのか又昭和三七年に至つて支払う場合通常一般に如何に取扱つているかも判示していない。

支払の時期については父子の間でその都度支払う必要なく、又まとめて支払うことも差支ないのである。

又労賃につき特に当初に取り極めなかつたことを判示しておられるが家族の一人として働いていて父が「お前には無駄働きはさせない」と云えば娘としてその一言を信用するのは当然ではなかろうか。

原審は労賃の高いこと或は当初の取極め、支払時期について種々論議しておられるが所謂「農柱」と云い或は「農主」と云う主たる農業林業の支配人であつた上告人の立場、父子間の心の触れ合いを聊も考慮することなく数額的に条理で割切ろうとされる処に本件の看方の相違が出て来たのではあるまいか、前陳の如く一般労務者の賃金に比較することも一方に於て妥当かも知れないが昭和二二年と昭和三七年の十一年間のインフレの速度を度外視することはどうであろうか。更に昭和二二年頃は食糧難のつゞいた当時であり昭和三七年頃は最早米不足など考えられない飽和の状態であつたことを想起さるべきではなかろうか。

三、事実の認定は原審の専権に属することゝは云いながら社会状勢、食糧問題の実態、インフレの速度等裁判所にも顕著な事実として当然考慮さるべき事実を全然顧みない、又一言もその点に触れることのない原判決には理由不備、若くは審理をつくさなかつた違法があるので破毀さるべきである。

以上

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